ナナ公の独り言

都内在住既婚会社員女の日記です

リスタデール卿の秘密

クリスティーといえば、
ABC殺人もオリエント急行殺人もアクロイド殺し
全部長編で、探偵役はポワロですね。

ポワロものじゃなくても、そして誰もいなくなったなども長編ですね。
これに対してミス・マープルは短編のほうが傑作が多いように言われています。
でも、私が思うにこれは二人のデビュー作が、
それぞれ、ポワロは長編「スタイルズ荘の殺人」」
ミス・マープルは短編集「ミス・マープルと13の謎」
だったからだと考えています。

私はいわゆる安楽椅子探偵が好きだし、一見そうは見えない人物が、
実はとんでもない名探偵で、バカにしてた周囲の人が感嘆するという、水戸黄門系ストーリーが大好きです。

この目からウロコが落ちる、というかエウレカ!というかこういったストーリーの組み立ては、
私の他の文学作品への傾向にも多々見られて、例えば、クリスマス・キャロルなど、

・・・って脱線しそうですね。
てへへ。文学語ると長話になりがりなナナ公です。ごめんなさい。

ええと、この前書きをどこに着地させたいかといいますと、
クリスティーの短編はすばらしい、という紹介地点です。

もちろん、先に述べましたミス・マープルをはじめとして、
パーカー・パインや、ハーレクイン氏が活躍する連作もの、
そしてナナ公大好きカップル、トミー&タッペンス!ナナ公子供の頃は彼らみたいな恋人同士、
そして夫婦になりたかったー!
・・・ってまた話がずれました。でもトミー&タッペンスは!・・・ま、また今度。

クリスティーが生み出したシリーズものの探偵はポワロやマープル以外にもたくさんいるいうことです。
そして、シリーズになっていない作品もすばらしい。

今回フィーチャーしたかったのは、
「リスタデール卿の秘密」でした。が、結構前書きではしゃいでしまったので、簡単に紹介しますね。
いや、久しぶりのこの書庫、ちょっと暴走気味ですね。

リスタデール卿の秘密は、短編集です。
現在発売されている、ハヤカワのクリスティー文庫ではこれが表題作なので、
すぐ探せると思います。

そして、殺人事件はおきません。

とてもステキな話なので、ネタバレするのは残念な気もしますが、
書いてしまうよ。
知りたくない方は、ここで引き返してください。


ある名家の夫人がいます。
彼女は未亡人。結婚適齢期の娘と、社会に出たばかりの息子が1人ずついます。
この家は、名家ではあるけれど、実際はイギリスの近代化によって、
どんどん貧乏になっていきます。
つまり、働かざるもの食うべからずという厳しい世の中になってきたんですね。
そう、時代は第二次世界大戦前後というところでしょうか。
イギリスから貴族は消えていきつつあります。
伯爵だの公爵だの、いわゆるヴィクトリア時代、古き良き時代の・・・まいっか。

彼女は悩んでいます。
このままでは召使達が維持できないばかりか、明日の食べ物にも困る。
息子が社会に出るのに後押しもしてやれない。
娘には申し分のない恋人がいるのにこんなボロ屋敷では招待できそうにない。

そんなとき、とある不動産広告を目にします。
それは破格の値段で、ヴィクトリア調の素敵なお屋敷を召使付きで貸すというものです。
彼女はダメ元で見学に行き、そこにいた執事に屋敷を案内してもらいます。

とても気にいるのですが、ほんのちょっとだけお金が足りなくて借りれそうにないと諦めかかっていると、
仲介の不動産屋から手紙が届きます。
「持ち主のリスタデール卿はぜひあなたがたご家族にあのお屋敷を借りていただきたいそうです」

娘の婚約がきまりそうな今、夫人は決断します。
あの子にはあの子にふさわしい場所で見てもらわないといけない。

そして一家はリスタデール卿の屋敷に引っ越します。
そこでの暮らしは考えていた以上にすばらしいものでした。

すみずみまで行き届いた清潔な掃除、
季節の移り変わりを実感できる庭、
まちがいのない味付けと栄養抜群の食事。
これらすべてをこなす使用人への給料は、破格に安い賃貸料の中にはいっています。

そしてなにより、最初に屋敷を案内してくれた執事。
初老の親切な男で、彼も旧い時代の男。夫人とは使用人と雇い主の関係以上に、
深いところでわかりあえ、夫人は精神的にも満たされた日々を送ります。
彼は、時々、
「リスタデール卿のパリの別荘から届いた薔薇でございます」
「リスタデール卿が秋の狩りにいったときの獲物、うさぎでございます」
などと、夫人達の食卓に花を沿え、
実際彼が提出する、毎週の家計簿はびっくりするほど少額のお金しかかかってないのでした。

娘は将来性豊かな青年との結婚が決まり、
息子も悪い女友達との縁が切れます。

夫人はこの生活が少しでも長く続けば、と願います。

そんなある日、息子が言い出します。
「リスタデール卿って怪しいな」

息子によると、こういうことです。
リスタデール卿は、1年前から行方不明になっている。卿が最後に目撃されているのは、なんと今自分達が住んでいるこの屋敷でだ。それ以来あちこちにある別荘にも訪れた形跡はないし、友人達も会っていない。

そして、執事が怪しいと言い出します。
あのよくできすぎている執事が卿を殺してどこかに隠したんじゃないか、と・・・

夫人はまさか?と思いますが、執事に確認します。
「リスタデール卿ってどんな方なのかしら。お礼がしたいのですけれど」
執事は無愛想に答えました。
「奥様。リスタデール卿というお方は、非常に自分勝手な方でございます。わがままで1人好きなように生きてこられた方でございます」

ある日、息子が意気揚々と帰宅します。1人の老人を連れて。
「おかあさん!見つけたよ!この人がホントのリスタデール卿の執事だよ!!こいつは偽者だ!」
見つめあう夫人と執事。
しかし執事の顔に微笑が浮かびます。穏やかな空気が流れます。
息子は、自分が連れてきたほうの本物の執事が気まずそうにしているのに気づきます。

やがて、今まで執事と名乗っていた男が言います。
「ばれてしまったなあ。そうです、私が本物のリスタデール卿です」

しょげかえる息子と本物の執事が退室して、
部屋には夫人とリスタデール卿の二人きりです。
卿は語ります。
私は自分勝手に生きてきた男です。そして老人といわれる年齢に届きかけたとき、
ふと思ったのです。今まで何一つひとのためになることをしてこなかったと。
そして、あなた方のように名門出身でありながら、
世の中の急激な変化についていけず、困っている人々になにかしたいと考えたのです。

夫人は、卿の瞳をまっすぐ見つめ返していいます。
ありがたいことでしたわ。でもおわかりでしょう?知ってしまった以上これ以上お世話になることはできません。慈善はお受けできませんわ。

すると卿は笑って言います。夫人の手をとって。
「いいえ。慈善ではありません。なぜなら、私はあることをあなたに要求するからです。どうか私と結婚してください」

夫人はびっくりして答えます。
「私?だってこんなおばあちゃんですよ!」

卿は真面目な顔になります。
「とんでもない!そんなこと言い出したら私だっておじいちゃんですよ!私はこれからの人生を一緒に楽しんでくれるあたたかい女性がほしいのです」

夫人は笑い出します。
「おじいちゃんですって?ばかね、あなたは坊やだわ!変装の大好きな坊や!」

そして夫人の白い手が、卿の手をぎゅっと握り返しました。