ライン 4―③
低くて優しい声だった。男の人は、近くで見るとけっこうしわがあって、僕のお父さんと同じくらいの歳に見えた。手や指にいっぱい傷がある。
陽介も拾い集めたものを、おばあさんがひろげた袋に入れている。ぼくもいくつか拾って、そこに入れた。おばあさんは「ありがとう」と言うと、ビルの中に引き返した。
男の人は、段ボールをひとつ荷台に押し込んだ。ぼくと陽介がためしに、もうひとつを持とうとしたがびくとも動かなかった。
「いいよ。重くて危ないから」
男の人が笑って「よっ」と、もうひとつを、先に入れた段ボールに重ねた。
トラックの中にはたくさんゴミ袋があって、よく見ると、さっきおばあさんがこぼしたような丸い紙くずなんかのほかに、もっと細かい紙の千切りのようなものがぱんぱんに詰まった袋があるのが見えた。
「こっちじゃなくて良かったよ。とてもじゃないけど拾えないもんな」
と、男の人が、ぼくに笑いかけた。ぼくは目を合わせられずにうなずいた。
家に着いたときには、もう暗くなっていた。時計をみたら七時すぎで、はるえおばさんにすごく怒られた。
その日は、お父さんや、塾から帰ってきた悟と三人で、九時に夜ごはんを食べた。みそ汁を飲みながら、ぼくはお父さんに聞いた。
「おとうさん、あのさ、あの細い紙くずみたいなのなあに?」
「ん?」
「あのさ、お父さんの会社のゴミで、細い糸みたいな紙、あるでしょ。あれ、なあに?」
「・・・・・・。あれは、もともとは普通の書類なんだ。でも重要な書類は、他の会社の人に見られると困るから、機械でああいうふうに細かく引き裂いてから捨てるんだ。それから会社の外に出す。そういう決まりなんだよ」
「ふうん」
ぼくとお父さんのやりとりを、悟がけげんそうに見つめている。
「なんで、そんなこと知ってるの、透」
やばい。悟るとお父さん二人とも食べるのをやめて、ぼくを見ている。ぼくはしかたなく、今日あったことを話した。
「ばっかじゃねーの。おまえ」
悟は、がちゃんと茶碗をおいて席をたった。自分でもばかだと思う。すごく。
「それで?」お父さんが聞いた。
「え?」
「その人はどんなかんじだった?透はどう思った?」
お父さんは怒っているかんじはしない。ぼくは、考えながら、今日思ったことを話しはじめた。
「あのさ、オレ、もともとよくわかってなかったんだよね。お母さんが、誰かに殺されたっていうふうにはあんまり思ってなかったんだ。あの人を見てもさ、すぐにはこの人が、って思わなくて」
あの人は、ぼくが紙くずを渡すとき、わざわざはめていた軍手を脱いだんだ。白くて骨ばった手のたくさんのかすり傷を思い出す。
あの手がお母さんをはねた車のハンドルを握っていたんだ。
「オレ、あの人いい人だと思う。・・・ううん、いい人じゃないかもしれないけど、悪い人じゃないと、と思う。・・・わかんないけど」
「そうか」
お父さんがそれだけひとこと言ったあと、ぼくたちはだまって食事を続けた。
陽介も拾い集めたものを、おばあさんがひろげた袋に入れている。ぼくもいくつか拾って、そこに入れた。おばあさんは「ありがとう」と言うと、ビルの中に引き返した。
男の人は、段ボールをひとつ荷台に押し込んだ。ぼくと陽介がためしに、もうひとつを持とうとしたがびくとも動かなかった。
「いいよ。重くて危ないから」
男の人が笑って「よっ」と、もうひとつを、先に入れた段ボールに重ねた。
トラックの中にはたくさんゴミ袋があって、よく見ると、さっきおばあさんがこぼしたような丸い紙くずなんかのほかに、もっと細かい紙の千切りのようなものがぱんぱんに詰まった袋があるのが見えた。
「こっちじゃなくて良かったよ。とてもじゃないけど拾えないもんな」
と、男の人が、ぼくに笑いかけた。ぼくは目を合わせられずにうなずいた。
家に着いたときには、もう暗くなっていた。時計をみたら七時すぎで、はるえおばさんにすごく怒られた。
その日は、お父さんや、塾から帰ってきた悟と三人で、九時に夜ごはんを食べた。みそ汁を飲みながら、ぼくはお父さんに聞いた。
「おとうさん、あのさ、あの細い紙くずみたいなのなあに?」
「ん?」
「あのさ、お父さんの会社のゴミで、細い糸みたいな紙、あるでしょ。あれ、なあに?」
「・・・・・・。あれは、もともとは普通の書類なんだ。でも重要な書類は、他の会社の人に見られると困るから、機械でああいうふうに細かく引き裂いてから捨てるんだ。それから会社の外に出す。そういう決まりなんだよ」
「ふうん」
ぼくとお父さんのやりとりを、悟がけげんそうに見つめている。
「なんで、そんなこと知ってるの、透」
やばい。悟るとお父さん二人とも食べるのをやめて、ぼくを見ている。ぼくはしかたなく、今日あったことを話した。
「ばっかじゃねーの。おまえ」
悟は、がちゃんと茶碗をおいて席をたった。自分でもばかだと思う。すごく。
「それで?」お父さんが聞いた。
「え?」
「その人はどんなかんじだった?透はどう思った?」
お父さんは怒っているかんじはしない。ぼくは、考えながら、今日思ったことを話しはじめた。
「あのさ、オレ、もともとよくわかってなかったんだよね。お母さんが、誰かに殺されたっていうふうにはあんまり思ってなかったんだ。あの人を見てもさ、すぐにはこの人が、って思わなくて」
あの人は、ぼくが紙くずを渡すとき、わざわざはめていた軍手を脱いだんだ。白くて骨ばった手のたくさんのかすり傷を思い出す。
あの手がお母さんをはねた車のハンドルを握っていたんだ。
「オレ、あの人いい人だと思う。・・・ううん、いい人じゃないかもしれないけど、悪い人じゃないと、と思う。・・・わかんないけど」
「そうか」
お父さんがそれだけひとこと言ったあと、ぼくたちはだまって食事を続けた。