ナナ公のおはなし「ライン」
終わりのない二十五メートルをクロールで進む中、ぼくは昨日のことを思い出していた。 昨日ぼくは、陽介の病院に行ってきた。陽介の病室は個室だったので、ぼくはノックして返事を待たずに入った。 突然現れたぼくに、陽介は目を丸くした。 「よう元気か」 …
6 二十五メートル 放課後のプールは開放されていて、生徒達でおおにぎわいだ。 一番左のレーンは泳げない人専用で、プールの他の部分と区切られている。そこでは、ぼくみたいな泳ぐのが苦手なやつが何人か練習している。 残念なことに、全員ぼくより年下だ…
「オレ、心臓移植したんだ。ずっとガキの頃から、心臓弱くて、つーか全然だめで、二十歳まで生きられないって医者に言われてたんだ。助かるには移植しかないってさ。学校も行ったり行かなかったりでさ、行っても何にもできなくてさ」 「今みたいに体育だけじ…
5 さよなら、お母さんの心臓 ぼくは、ぼくの家で起こったことを陽介に話した。 「じゃあ、もう許すんだ。中桐さんを許すことにしたんだ、お父さんは」 ぼくはちょっと考えてから言った。 「うーん。お父さんはやっぱり許せないんじゃないかと思う。悟も、自…
月曜日、由貴がぼくのクラスにきた。ドアのところから不安そうに教室をのぞく。 「小山くん、いますか?」 ぼくは、廊下に出た。ぼくと由貴なんて、一時は噂の中心の二人だったのに、今じゃこのツーショットを見ても、だれもそのことに気がつかない。 由貴が…
低くて優しい声だった。男の人は、近くで見るとけっこうしわがあって、僕のお父さんと同じくらいの歳に見えた。手や指にいっぱい傷がある。 陽介も拾い集めたものを、おばあさんがひろげた袋に入れている。ぼくもいくつか拾って、そこに入れた。おばあさんは…
金曜日の帰り、ぼくたちは市の中心地に向かった。陽介が、由貴からお父さんの職場をそれとなく聞きだしてくれたのだ。 改札を出て、住所をたよりに目的地をさがす。陽介が持ってきた自動車用の地図は、ぼくたちにはちょっとむずかしい。 今年はいつもの夏よ…
4 お母さんを殺した人 陽介は、そのあと一週間休んで、次の週元気に登校してきた。 ぼくは、あの日、校門であったことを見ていたやつの告げ口で、すっかり悪者にされていたが、陽介がやってくるとそれもおさまった。 陽介は、前と変わらずぼくと一番に仲良…
それからぼくは、黒星が多くなった。居残りになると、局に集中できないのだ。早く終わらせたくて、へぼばかりしてしまう。 勝ち負けはどうでもいいから、とにかく早く終わらせたかった。何回か先生に注意された。負けるのはしょうがないが、まじめにやらない…
時間割りでは、週に一度、木曜日の四時間目にクラブ活動がある。ぼくは将棋クラブに入っている。ほんとはバスケ部に入りたかったんだがしょうがない。 希望人数が多くて、じゃんけんで負けたんだ。第二希望の軟式テニスも、第三希望の工作クラブも、定員いっ…
3 転校生 河野陽介は、もう十三才だ。十三才はだんぜんかっこいい。クラスのみんなも一目おいている。だってクラスのみんなより、ふたつ上だったから。 陽介は、小学五年生の四月にぼくたちのクラスに転校してきた。お母さんが死んだあの夏から、もう二年が…
ばしゃん、とはでな音をたててパイプいすが女の人の背中にぶつかった。 女の人はよろけて床にひざをついた。女の子が悲鳴をあげて泣き出した。 お父さんや、受付の人が、倒れた女の人にかけよる。 「悟!」 お父さんは、女の人を助けおこしながら、きびしい…
2 由貴 お母さんのお葬式は、その日から二日後になった。お葬式をするにも、いい日悪い日があるってことを、ぼくは知った。お母さんのお葬式は、いい日ではなかったけど悪い日でもないってことだった。 夏だから、早めにしたほうがいいんだって。 今日は、…
殺す、という単語にぼくはどきっとして、二人の顔を見た。 教頭先生はとっくに帰っていて、部屋にはぼくと悟とお父さんの三人きりだった。いや、お母さんがいるから四人。小山家の家族だけだった。 悟は中学一年生だ。四つ上の兄貴だ。お父さんは、新聞社に…
1 お母さんが死んだこと ぼくのお母さんが死んだのは、ぼくが小学三年生の夏休みの直前で、たぶんぼくはそのとき、水の中にいたんじゃないかと思う。 教頭先生が、突然ぼくの教室に入ってきて、ぼくの名前を呼んだとき、ぼくのクラスは三時間目の学級会の最…