ナナ公の独り言

都内在住既婚会社員女の日記です

ライン 4―②

 金曜日の帰り、ぼくたちは市の中心地に向かった。陽介が、由貴からお父さんの職場をそれとなく聞きだしてくれたのだ。
 
 改札を出て、住所をたよりに目的地をさがす。陽介が持ってきた自動車用の地図は、ぼくたちにはちょっとむずかしい。
 今年はいつもの夏よりずっと暑い、とニュースで言っていたけど、ほんとうにそんなかんじだ。首や背中をひっきりなしに汗が流れ落ちるのがわかる。

 途中、陽介のおごりで缶ジュースを飲んだ。ぼくが持っているお金は、行きと帰りの電車賃ぎりぎりだ。陽介は「子供料金で乗っちゃった」からお金が余ったと言った。
 ほんと、陽介みたいな立場の人はどっちなんだろう。大人なのか、子供なのか。

 一時間も歩き回ると、ようやくそれらしいビルを見つけた。
 ぼくはびっくりした。ビルの前の大きな石に、お父さんの会社の名前が書いてある。てことは、由貴のお父さんと、ぼくのお父さんは同じ会社の同僚なのか?

 ぼくたちは、となりのビルとの細い隙間から、ビルの裏口へまわった。まずいことに、裏口にも警備員が立っていた。
「どうする?」ぼくは陽介に聞いた。
「ここで待とう」陽介が思いがけないことを言った。
「こんなことに突っ立ってたって意味ないよ。中に入らなくちゃ。入れないかもしれないけど。にして も、せめて表に戻ろう。そのほうが、出入りするときに見つけられるよ」
と、ぼくは、顔も知らないのにどうやって見分けるんだろうと考えながら、言った。

「ここでいいんだ」
と、裏口が開いた。おじいさんが出てくる。おじいさんは、黄緑色のはでなシャツとズボンを着ている。かたそうな生地がぶかぶかで、おじいさんのやせた体に痛そうだ。
 おじいさんは両手に、透明のゴミ袋をぶらさげていた。僕たちの横をすりぬけると、角を曲がった。 陽介がついていったので、あわててぼくも続く。

 角を曲がったところに、小型のトラックが停めてあって、荷台のドアが大きくひらかれていた。おじいさんは、そこにぶらさげていたゴミ袋を放り込んだ。

 おじいさんはまたビルに引き返し、ぼくたちはさっき立っていた場所に戻った。ぼくは、由貴のお父さんの仕事がなんなのかわかりかけていた。

 また裏口が開いた。今度はおばあさんが出てくる。そして、そのあとに若い男の人が続いて出てきた。

 教えてもらうまでもなかった。ぱっちりしたまつげの長いひとみは、由貴とそっくりだった。さっきのおじいさんと変わらないくらい細くて白い腕だった。
 男の人は、袋でなく段ボールを二つ重ねてかかえている。ぼくの見ている前を通るとき、胸の名札に「中桐」とあるのが見えた。

 さっきと同じように後をついていく。と、おばあさんが、ゴミ袋を放ろうとして、バランスを崩した。投げた袋が、おばあさんに落ちてくる。
 うすい安そうな袋は破けて、ビニールの裂け目からばらばらと中のものが道路に散らばった。

 男の人は段ボールをアスファルトに降ろすと、散らばったゴミを拾いはじめた。おばあさんもおたおた集めている。ぼくは、足下に転がってきた、丸まった紙くずを拾い上げた。

 ぼくがそれを、ちかづいてきた男の人に渡すと、男の人は「ありがとう」と言った。